PENTAX 17にときめき:写真に冒険を求める


 2024年6月17日、PENTAXから新型カメラの発表があった。PENTAX 17(イチナナ)というハーフサイズのコンパクトフィルムカメラである。

ハーフサイズ

 ハーフサイズというのは、135判(35mm判)と呼ばれる一コマ36*24mmで撮るフォーマットの半分を使うカメラのことで、このPENTAX 17は17*24mmを使うらしい。なぜ短辺が18mmでないのだろうと一瞬考えてしまったが、隣り合ったコマと離す必要があるからだろう。

 このハーフサイズを使うカメラは昔からたくさんあり、現在でもハードオフに行けば京セラSAMURAIなど妙にデザインの自由度の高い不思議な形をしたハーフカメラが売っていたりする。

 ハーフサイズはフィルムを流す方向に直交する形で写真を撮るので、PENTAX 17はカメラを構えるとフィルムを横に流すのでファインダーが縦長になっている。そう、これは普通に構えると縦位置で撮れるカメラなのである。メカ的にもデザイン的にもぐっと来る。これは欲しい。

 Amazonにも早速ページが出来ており、8万円ジャスト(数時間後に117,000円に変動)とカメラ趣味おじさんならすぐさま買ってしまえる値段設定である。

画像はAmazon商品ページから拝借(含アフィリエイト)

レトロニムとしてのフィルム

 ハーフサイズのフィルムは、L判へのプリントでもフィルムの粒が見えるくらい荒い画質になってしまうが、そもそも2024年の現在、フィルムに広告で使うような高画質を求める人がどれだけいるだろうか? ほとんどの人はフィルムを通すことによるローファイ化を求めているのだろうと思う。

 これはデジタル写真が写真世界の中心を占めて10年以上経ち、写真の当たり前がデジタルにシフトしたからこそ起きたマインドの変化だ。

 電子書籍が一般的になった後に生まれた「紙の本」というレトロニムと同じで、写真といえばフィルムで撮るのが当たり前だったものがデジタル主流になり、時代に取り残されたからこそローファイ、言ってしまえば捻れた低画質で面白い、というのでフィルムが面白がられている。

 私も実際、たまにフィルムで撮るとデジタルと根本的に違うので面白い。細江英公がフィルムは化学、デジタルは物理というようなことをどこかのインタビューで言っていたと記憶しているが、その通りと思う。デジタルに首までどっぷり浸かった私なりの表現をするならフィルム写真はノイズのみで構成されている

ハーフだからこそ

 今回PENTAXがハーフサイズのフィルムカメラを企画したのは、このレトロニム化してローファイ化装置としてのフィルムが楽しいユーザーに向けてのものであろうし、だからレンズも3群3枚のシンプルな構成である。

 電池はCR2が入るがそれは測光周りにのみ使うらしく、フィルム送りは手動だ。今時だからこそ手巻きというのは、恐らくニーズから見て正しいだろう。

 奇しくも前日にニコンからZ6IIIが発表されたが、私としてはPENTAX 17の方がよほどグッときた。というかカメラにときめいたのは久しぶりだ。

 最近、メイン機はNikon Z8という合理化の極地に限りなく近づいているカメラを使っているのだが、スナップ撮影をしていても全然楽しくない。撮れて当たり前というか、撮影時点でミスをゼロに近づけておき、その状態で大量に撮って後から選ぶという考え方になってしまうので、仕事であれば正しいのだが、趣味のスナップにそんなものは求めていない。

 では逆に趣味の撮影らしさとは何かと考えてみたら、「当たりを引きに行く」感覚なのだ。外れるのが前提のところで当たりを引く、自分が納得できる、自分の心が動くような写真を撮れて嬉しい、というのが本質だろうと思う。これは平均点を上げるための道具では出来ない。Z8は真っ当な技術で使えば、その平均点をかなり高いところで維持出来る。だからこそつまらないのだ。

冒険

 最近YAMAHA XSR155というバイクを買って近所を走り回っている。
 走っていると、ああ俺は金を払って危険な目に遭う権利を買っているのだなという感じがするし、その本質は冒険である。

 デジタルはミスを減らすことが出来るが、ミスが減るほど安全になり冒険がなくなる。フィルム写真はデジタルでは味わえない「ちゃんと写っている」だけで喜べる安全な冒険をもたらしてくれるし、ハーフサイズはその冒険を35mm判の倍楽しめる。

 PENTAX 17、フィルム写真を始めてみたい人にとっての最初の一台としてたいへん良い選択肢だろうと思う。発売が楽しみだ。


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