画質は直線番長みたいなもの


 こんにちは。今回は思い切りカメラ話です。

 前回、旅は余剰であるというお話を書きまして、その後、国内ではあるものの久々の取材旅行が近づいているもんですから、その際に持っていくカメラを改めて考えよう、というのでG99を高頻度で持ち出しています。Panasonic LUMIX DC-G99。これとパナライカの単焦点レンズ3本、15mm、 25mm、42.5mmで最も限りなく正解に近いスナップシステムという感じがしています。

これに加えてパナライカ12-60mmが欲しい

 これまで遠出するのは見知らぬ土地でスナップ遊びをするのがメインの目的でありまして、今後は取材撮影がメイン、それ以外は余暇に「時間があれば」という形にスライドします。余暇がどれだけ作れるかは予算次第!
 まあ取材がメインなので、それ以外を切り詰めるのは正しいっちゃ正しい形ですよ。もちろん余暇のほうが楽しいといいますか、取材は「面白い」余暇スナップは「楽しい」という感じ。責任感の違いですね。

 余暇と称しているとはいえ、Patreonでパトロンの皆さんに毎週嫌がらせのように写真を送りつけているのもあり、スナップも手を抜かないのですが、旅先スナップで画質を求め過ぎても良くないな、というのを最近つくづく感じます。

画質と可搬性

 昔からよく言われていることなのですが、135フォーマット、ライカ判、フルサイズなどと称される36*24mmの撮像素子サイズは、映画用の35mmフィルムをライカがスチル向けに転用して以来、それまでの大判、中判カメラと違って格段に便利じゃん、というので爆発的に普及したと言われています。

 現代のいわゆるフルサイズと呼ばれるセンサーサイズも、その35mmフィルムを横に流して使うときと同じ寸法を使用してはいるのですが、いかんせんデジタルなあれこれがボデー内に含まれたり、レンズも物理の限界に迫っているんではないかというほど高性能になり、かつAF機構も入っているので肥大化の一途を辿っています。
 ボディー単体で見ても「レンズのくっついた暗い箱」が基本だったフィルムカメラと比べると、「レンズを制御しつつAD変換してデジタル記録するちょっとしたコンピューター」という風に役割が変わったから仕方がないことと理解しつつも、初期ライカの「これ持ち運びに良いよね」と言われたサイズ、重量と較べて現代のフルサイズカメラってかなり大きく重いんですよね。ミラーレスが主流になり、だいぶ軽いカメラも増えましたが、それでもレンズが大きく重いので、レンズ1本2本で片がつくならまだしも、3本4本となってくるとLCCの重量制限をカメラ関係だけで軽くオーバーするレベルになっていきます。データのチェック、バックアップ用にパソコンも持ち込まなければならない点でも、フィルム時代より荷物が重くなりがち。

 センサーサイズはそのまま画質と直結しますから、単純に画質だけを求めるのであればいわゆるフルサイズどころか中判に手を出せば良かろうと思うのですが、最近つくづく、旅先で画質再優先で撮りたいのって、こてこての風景写真くらいじゃないの? という感じがするんですね。

 言い換えると、画質が高いカメラやレンズはそれ自体が写真にインパクトをもたらす部分もあるのですが、そのインパクトを感じるのはほぼ撮っている当人とその周辺のカメラマニアだけで、実は写真を構成する要素としてはあんがい小さいんです。
 本人の興味がそこにあり、一人で完結できる趣味としてやっているのであればもちろん画質のみでもOKですし、カメラ、レンズ好きコミュニティの中で「いいね」競争をするならそれもアリですが、より広く楽しんでもらいたいと考えると、画質だけにこだわった写真はボケを見せる写真と一緒なんですよね。写真をやる同士であればボケがきれいかどうかを気にしますが、それ以外の大多数にとっては「写っていない部分」でしかありません。

 画質はボケと同様、写真の印象に与える影響は間違いなくありますし、「この画質でないとこの写真にならないのだろうな」という過去の名作もたくさんあるのですが、自分にそれが必要か? 画質よりも何が写っているかを優先するのであれば、より楽なカメラを選んでより遠くに行けたほうが良くないか? というのは、カメラを選定する上で頭の中をぐるぐる回ります。

 重いカメラでめんどくさくなって外に出ないより、軽いカメラを持って外に出ていれば面白いものに巡り合う可能性が生まれます。そこは条件を揃えてテストが出来ないのでなかなか検証が難しいところでもあります。

 本番用のカメラとそれ以外用のカメラを分ける、いわゆるメイン・サブ的な観点からもスナップ用にG99というのは最も限りなく正解に近い合理性があるんですよね。

納得させられるかどうか

 とまあ、このあたりは毎度毎度の机上の空論でございまして、あとは旅先でのみ撮れる被写体パワーと、センサーサイズが小さいことによる画質インパクトのなさを天秤にかけてどのあたりでバランスするかでしょうし、撮る側の話でいえば画質は撮影場所に運ぶことが出来、正しく運用することができれば誰でも「撮れちゃう、写っちゃう」ものでしかなく、写真の内容としてインパクトがあるものになっているかどうかは撮る側次第です。

 画質って直線番長みたいなもので、バイクがその性能を備えているのであれば、道路が直線であれば、あとはアクセルを捻ってギアを上げていくだけで勝手に到達してしまうものです。もちろんそれらの条件を揃えることが難しく、カメラで言えば画質をフルに発揮させて写真が撮れる人、すなわちカメラを正しく扱える人ってあんがい少ないですが、裏を返せば面白い写真を撮る機会は誰にでもある筈なんですよね。

 面白い写真を撮るかどうかは自分次第、道具はそれを邪魔しないように選べばいいやね、という思いを新たにしました。自分を面白いものが撮れるところに連れていき、写真にしたときに「おっいいね」と立ち止まって見てしまうようなものを撮らせるものの見方が出来るかどうか。

 本当に注力するべきなのはそこなんだろうな、と今更ですが思います。だってどれだけ画質が良くても写っているものがつまらなければ誰も見ないですからね。パーソナルワークとしてなら何でも好き放題やれば良いですが、そこで終わっていては商売になりません。

 そんなことは真面目に作品を撮っている人たちからすれば当たり前のことで、「俺たちが一体どれだけ苦労していると思っているんだ!」とお叱りを受けそうな気すらしますが、なんせこれまでカメラマン仕事をやってきたにも関わらず、40代に入って初めて「写真作品って……?」という悩みに直面しているもんですから、何が作品なのか、写真をやらない人に直接「どうですかお客さん」と写真を見てもらうのに一体どういう要素が必要なのか、みたいなところが分かりません。

 このブログを運営しているおかげで「そっかー通りすがりの人には明快なご挨拶カットが必要だよね」みたいな部分から人に写真を見せることについて限りなくゼロに近いところから学んでいます。けっこう楽しいです。


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